他社の開発動向 (Gilead & Prelude Therapeutics)
2020年、2021年にGilead社およびPrelude Therapeutics社も大環状Mcl-1阻害剤を公開しており、それぞれ硫黄原子に不斉中心を有するスルフォンイミダミド、Amgen社と反対向きのアシルスルフォナミドをに特徴をもつ化合物である。Prelude社のPRT1419は詳細な構造式は不明であるが、現在臨床試験第I相である。
Mcl-1の標的としての安全性の課題
Mcl-1はオンコロジー領域において魅力的な標的であるが、安全性の観点でチャレンジングな標的でもある。遺伝学研究において、Mcl-1の機能喪失は、心毒性・肝毒性・血液毒性との関連が報告されている。さらに、Mcl-1阻害剤は心筋細胞にMcl-1タンパクの蓄積を誘導する。Vanderbilt大学の最近の報告によれば、Mcl-1の長期阻害は、前臨床モデルでミトコンドリアの形態とダイナミクスを破壊し、ヒト心筋細胞の生存率と機能を低下させるとのこと。複雑なMcl-1の生物学と安全性の懸念を考慮すると、効果的で安全な薬剤を開発するには多くの課題がある。
ヤンセンファーマ社の戦略
そのような状況下において、ヤンセンファーマ社の研究者は、バランスのとれたADMEM-Toxプロファイル (吸収-分散-代謝-排泄-毒性)を有するベストインクラスの薬剤を目指し、適応症は急性骨髄性白血病 (AML)、多発性骨髄腫 (MM)、非ホジキンリンパ腫 (NHL)などの血液悪性腫瘍に治療の焦点を当てることとした。遺伝子研究と臨床試験におけるMcl-1阻害と心毒性との関連性を考慮し、心臓の安全性評価を優先した。心筋細胞毒性のリスクを軽減するために、以下の2つの戦略を検討した。
(I) Cmax-drivenのPK/PDプロファイルを目指す
(II) 重要なoff-target標的を回避する
Mcl-1阻害によるon-targetの心毒性を悪化させるoff-targetのイオンチャネルへの作用を回避するために、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた評価を実施する。
これに加え、
(III) 高い活性とバランスのとれたin vitro ADMEプロファイルを達成する
(IV) "Beyond Rule of Five"のケミカルスペースであっても、経口吸収性を獲得する
テトラヒドロフラン骨格の発見とその誘導体
という2つのポイントを付与することで他社との優位性をさらに付与する方針とした。この方針のもとに見出されたリード化合物12と28の構造と初期評価プロファイルを示す。彼らの構造はAmgenの構造に非常に類似しているが、大きな違いはシクロブチル基をテトラヒドロフラン (THF)構造に変換できている点であろう。もとよりシクロブチル基は脂溶性に富んだMcl-1の脂溶性ポケットに収まっていたことから、極性基を含むTHF構造を導入してMcl-1活性が維持されたのは予想していなかったとのことである。
活性を維持しながら脂溶性を下げることに成功し、各種ADMEプロファイルにおいて優れた構造変換となったことを認識したヤンセンファーマはこの化合物12の特徴と方針を以下のように記している。(I) Mcl-1との強力な相互作用に重要なP1 pocket (テトラヒドロナフタレン)やArg263とのイオン結合は維持する方針。 (II) フッ素化された(Z)-アルケンはアルケンの水素とアシルスルホンアミドのカルボニル酸素と分子内水素結合することで、膜透過性の改善に役立っている。
(III) テトラヒドロフランの導入は全体的な脂溶性の低減に寄与するだけではなく、P2 pocketにおける新たな相互作用の獲得にもつながっている。
(IV) さらなるMcl-1タンパクとの相互作用を得るために、P2' pocket (OMe周辺)とP4 pocket (スルホンアミド周辺)の探索を行う。
鍵となる化合物はMcl-1タンパクとのX線共結晶情報をもとにSBDD (Structure-Based Drug Design)を駆使ししながら合成展開を行い、化合物28を見出している。P4 pocketの活用はGilead社のスルフォンイミダミドおよびピラゾ―ル構造を参考にして化合物12から化合物28に変換することで、biochemicalで活性が20倍、細胞で6倍の活性増強が達成された。化合物28はバランスのとれたADME profileを示し、pH 7で520 uMの優れた溶解度のみならず、肝ミクロソームでの代謝安定性もCLint <7.7 uL/min/mgと改善された値となっている。
心毒性リスクアセスメント
心毒性の早期リスク評価はこのMcl-1プロジェクトだけではなく、新たな有望な化合物を臨床に進める上で必要である。研究開発の後期での消耗を避けるためにも、臨床試験の参加者に対するリスクを下げるためにも、そして、このステージでのコストを下げるためにも重要である。ヤンセン社では、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた試験によって、潜在的な心毒性のリスクを評価している。彼らのシステムは生理学的に近い条件下で実施され、in vivoの予測精度が向上しているとされている。
他社競合品を含むリード化合物が本システムで評価されたが、一部の化合物を除いて心毒性のリスクが低いという結果となった。興味深いことに、化合物28がリスクが心毒性が低い結果であったのに対し、THF構造がシクロブタン構造をとっている化合物、すなわち、Gileadの化合物は心毒性リスクのフラッグが立っていることである。これにより、シクロブタンからTHF構造への変換の有用性が示されたことになる。
化合物28のマウス in vivo PK study
マウスPK試験においては、バランスの取れたin vitro ADMEプロファイルが功を奏し、優れたbioavailabilityを示した (F 78%)。吸収と腸内代謝でほとんどロスをしておらず、優れた経口吸収性となっている。半減期は1.8時間と比較的短く、心筋細胞への曝露が制限され、on-target毒性が抑制されると期待される。