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インドから来た気の毒な留学生

僕の愛読書(まだ全部読んでいないが・・・・)に「有機金属化学―基礎と応用」という本がある。はっきり言って大学院生向き。将来化学でご飯を食べたい人以外は全く読む必要がない。だが、必要性はないと言っても、詳細&丁寧な解説があるのでなかなか読み易く、読んで欲しい本の1つである。

その中で興味深いお話があった。

H.C.Brown教授は1955年に、インドから来た留学生R.C.Subba Raoに命じて、塩化アルミニウム存在下にNaBH4による有機化合物の還元反応を行わせていた。エーテル中での実験により、アルデヒドやケトンは1モルあたり1等量のヒドリドを消費し、アルコールに還元されることがわかった。酢酸エチルやステアリン酸では2等量のヒドリドを消費し、アルコールまで還元されることがわかった。ところが、試みたエステルの中で1つだけ例外があった。オレイン酸エチルは2等量ではなく、2.4等量のヒドリドを消費したのである。Subba Raoの報告を受けたBrown教授は、実験のやり直しを求めた。Subba Raoは用いたオレイン酸が不純だったのだろうと考え、オレイン酸エステルをエステルのリストから除きましょうと述べたが、Brown教授は聞かずに、断固として実験の繰り返しを求めた。

「研究指導者は、指導者としての高い観点から強要することができる。実際の実験は全くやる必要はない!」

かくして、気の毒にもSubba Raoはまた実験にとりかかり、そして血のにじむ努力の後、エーテル系の溶媒を使った場合にはボランとオレフィンの反応が非常にはやく進むことを見出すのである。1956年のことであった。


「血のにじむ・・・・」というのは全く大げさではない。さらにRaoが実際に実験したとしても、名前が世の中に知れるのはH.C.Brownの方である。これではあまりにも気の毒だと思うかもしれないが、これは致し方ないことである。H.C.BrownあってのRaoなのだから。
by queen4jp | 2005-11-21 22:12 | 化学

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